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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)657号 判決

神戸市垂水区日向二丁目六番一八号

原告

古川特許販売こと 古川尚子

右訴訟代理人弁護士

竹本昌弘

東京都文京区湯島二丁目二四番一一号

被告

株式会社日本医療器研究所

右代表者代表取締役

田尾延幸

右訴訟代理人弁護士

福島等

右訴訟復代理人弁護士

小川芙美子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録記載の物品を製造及び販売してはならない。

2  被告は、別紙物件目録記載の物品を廃棄せよ。

3  被告は、原告に対し、金一五〇〇万円及び平成八年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告及び被告による蛇口用石鹸袋の製造販売

(一) 原告は、昭和六一年以降、「古川特許販売」の屋号で「ジャブロン」という商品名の水道蛇口に取り付ける石鹸袋(以下「原告商品」という。)を製造し、主に、多数の学校にこれを販売している。

原告商品は、丈夫なナイロンネットの石鹸袋の上部開口部に輪になった針金を通し、石鹸袋を常に開口状態とし、その輪から延びた針金の一端が水道蛇口に掛けるようフック状に曲がっているという形態の商品である。

また、原告商品のナイロンネットの石鹸袋には、特許出願中を示す「ジャブロン PAT.P 古川特許販売」と印刷された化繊のラベル(以下「原告商品タグ」という。)が縫い込まれている。

(二) 被告は、医療用品・理化学機械器具の製造販売等を業とする会社であり、学校の保健衛生関係の器具・備品等の製造販売業界における大手企業であるところ、昭和六三年以降、原告から、次のとおりの数量の原告商品を仕入れ、平成元年以降、これを全国の学校にカタログ販売していた。

昭和六三年 一〇〇〇個

平成元年 一万一〇〇〇個

平成二年 二万個

平成三年 三万五〇〇〇個

平成四年 三万五〇〇〇個(原告の売上金額 六八四万九五〇〇円)

平成五年 三万五〇〇〇個(原告の売上金額 六八四万九五〇〇円)

平成六年 四万五〇〇〇個(原告の売上金額 八八〇万六五〇〇円)

平成七年 五万個 (原告の売上金額 九七八万五〇〇〇円)

(三) 被告は、平成七年一〇月以降、別紙物件目録記載の記載の水道蛇口に取り付ける石鹸袋(以下「被告商品」という。)を自ら製造し、これを全国の学校にカタログ販売している(以下「本件競業行為」という。)。

また、被告は、平成七年九月までは反復して大量に仕入れていた原告商品の仕入れを、同年一〇月中止した。

2  被告による不正競争の存在

(一) 原告商品の形態の商品表示性

従来、一般に用いられた石鹸袋は、ミカン袋などの袋の開口部にひもを通し、使用時には開口部を閉じた状態で固形石鹸を使用するというものであったが、それでは、袋の中の固形石鹸を使い終わると一回一回ひもを解いて石鹸を交換しなければならなかった。

ところが、原告商品は、開口部から石鹸を投入するだけで石鹸の交換・補充ができ、石鹸の管理を極めて容易なものとするため、石鹸袋が常時開口しているという、従来全く見られなかった非常に特異な形態をしており、原告商品の出現以前には似たような形態の石鹸袋が市販されていたことはなかった。

原告商品には、製造者を示す商標・標章などは付されていないが、原告商品タグを含む原告商品の形態が従来全く見られなかった非常に特異なものであって、商品の形態自体で「古川特許販売」という名称の特定業者が排他的に製造する商品であることが示されているものというべきであるから、原告商品の形態は、不正競争防止法二条一項一号が保護の対象としている商品表示に該当する。

(二) 原告商品の周知性

原告は、昭和六一年以降、毎年、ダイレクトメールで全国約五万校の各種の学校等を対象に独自の宣伝・販売活動をしており、原告商品の売上は、昭和六三年(被告のカタログ販売開始以前)において既に三万四〇〇〇個を超えており、原告のその後の宣伝広告活動などの営業努力によって、平成七年ころには、原告商品の売上の七〇パーセントが被告への卸売り以外の原告の直接販売によるものとなっていた。

したがって、本件競業行為が開始された平成七年一〇月ころには、需要者である学校の保健衛生関係者の間では、原告商品が原告の製造に係る商品であることが広く認識されていた。

(三) 本件競業行為の不正競争該当性

原告商品の形態は、商品の機能を発揮させるための唯一・必然的なものではないのに、被告は、原告商品を模倣し、原告商品と酷似した被告商品を製造販売したものである。

仮に、開口式の水道蛇口用石鹸袋が原告商品と類似の形態とならざるをえない必然的要素があったとしても、原告商品の形態が、従来全く見られなかった非常に特異なものであって、商品の自他識別作用を強く持っていることからすれば、後発の製造業者である被告としては、被告商品が原告商品とは異なるものであることが需要者に分かるようにして被告商品を販売すべきであった。

しかしながら、被告は、何ら誤認混同防止手段を講じることなく、かえって、原告考案の原告商品の宣伝文句を一字一句そのまま被告商品の宣伝文句に流用して、平成七年一〇月に平成八年版カタログに被告商品を紹介し(もちろん、右のカタログ以降、原告商品の掲載は中止されている。)、その販売を開始したものである。

右のとおり、本件競業行為は、原告の商品表示(原告商品の形態)を使用して商品を製造販売し、需要者に対し原告の商品との誤認混同をもたらす行為であって、不正競争防止法二条一項一号に規定する不正競争に該当する。

3  原告の損害

(一) 原告の売上減少

原告商品と被告商品は、共に、学校の保健衛生関係者を需要者とするところ、両者の商品の誤認混同がなければ、平成七年一〇月以降も、被告に卸売りしていた分の原告商品を、被告以外の需要者に販売することができたはずであり、原告商品の売上が減少することはなかったはずであるが、現実に誤認混同が生じた結果、平成七年一〇月以降の原告商品の売上が減少し、原告は、本件競業行為によって得べかりし利益を失った。

(二) 逸失利益の額

右逸失利益の額は、平成七年九月までの原告の被告に対する販売金額を基礎として計算することができるというべきである。

すなわち、原告は、平成七年一月から同年七月までの間、被告に対して五万個(一か月平均七一四二個)の原告商品を販売したから、被告の本件競業行為及びこれに伴う原告からの仕入れ中止がなければ、平成七年一〇月から同九年九月までの二年間に一七万一四〇八個の原告商品を被告に販売していたはずであり、これによる原告の利益は一五四二万六七二〇円である(被告への卸売単価は一九〇円、一個当たりの原告の利益は九〇円である。)。

右一五四二万六七二〇円が、本件競業行為による右期間中の原告の逸失利益になる。

(三) 仮に右の計算による損害が認められないとしても、被告は、平成七年一〇月から同九年九月までの二年間に被告商品を一七万一四〇八個販売したから、これにより、被告は二五七一万一二〇〇円の販売利益を取得したはずである(被告の一個当たりの販売単価は二四〇円、一個当たりの被告の利益は一五〇円である。)。

右二五七一万一二〇〇円は、不正競争防止法第五条第一項により、原告の逸失利益の額と推定されのである。

4  被告の債務不履行

(一) 原告と被告は、昭和六三年夏ころ、〈1〉 被告は、その作成頒布するカタログに原告商品を掲載して販売すること、〈2〉 原告は、受注の都度卸値で継続的に被告に原告商品を売り渡すこと、〈3〉 原告と被告との原告商品の取引関係は特段の事情のない限り毎年自動的に更新されることを内容とする継続的売買契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

したがって、被告は、本件契約により、原告商品を仕入れてその販売促進を行う義務(以下「販売促進義務」という。)を負担していたものであるから、原告商品の類似商品を並行販売するという競業行為を行ったり、これに伴い原告商品の取扱いを中止したりすることは、販売促進義務の不履行であるということになる。

(二) 民法第六二八条、第六六三条、第六七八条二項の趣旨に照らせば、やむを得ない事由がない限り継続的契約の更新拒絶・解除ができないことは明らかであり、本件契約に基づく販売促進義務は平成九年九月末時点でも存続していたものである。

(三) 右のとおり、被告の本件競業行為及びこれに伴う原告商品の仕入れ中止行為は債務不履行(本件契約上の販売促進義務違反)となるから、被告は、原告に対し、民法四一五条に基づき、その債務不履行によって原告が被った前記3(二)の損害を賠償する責任を負う。

5  被告の不法行為

仮に、被告の販売促進義務というものが認められないとしても、原告と被告との取引経過や原告商品の取引実態に照らせば、被告は原告の特約店ともいうべき地位にあったから、被告は、原告商品の類似商品を製造販売して原告の営業上の権利を害さない信義則上の義務を負っていたというべきであるから、本件競合行為は不法行為に該当する。

したがって、被告は、民法七〇九条に基づき、その不法行為によって原告が被った前記3(二)の損害を賠償する責任を負う。

6  まとめ

よって、原告は、不正競争防止法三条に基づき、被告による被告商品の販売の差止及び被告商品の在庫品の廃棄を求めるとともに、不正競争防止法四条及び五条一項、民法四一五条又は七〇九条に基づき、本件競業行為による損害の一部金一五〇〇万円及びこれに対する第五回口頭弁論期日の翌日である平成八年一一月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)は争う。

蛇口用石鹸袋は、ミカン袋等のナイロンネットの袋を利用してずっと以前からあちこちの家庭や職場で用いられてきたのであり、原告商品は、ナイロンネットの袋にコマセ袋(釣りの撒き餌を入れる袋)の針金部分をくっつけたものにすぎず、ごく簡単な便宜的な用品にすぎないのであって、その形態をもって原告の商品であることを示す独自の特徴を有しているとは到底いえない。

仮に、原告商品の形態に独自性があるとしても、その独自性は、輪状にした針金に袋を取り付けて石鹸を出し入れしやすくしたという機能面に関するものであるところ、そのような機能を充たすためには、針金等を用いて開口部にあたる部分に輪を作り、そこに網状の袋を取り付ける方法を採らざるを得ないから、原告商品の形態は、機能上必然的なものであって、原告商品の技術的思想を表現したというものにすぎない。

そして、わが国の法制度の下では、商品の技術的思想は、特許権又は実用新案権を取得することにより、一定の期間に限って排他的な保護を受けることができるとされているのであって、不正競争防止法二条一項一号による保護の対象となり、永久的な保護の対象となると解することはできない。

したがって、原告商品の形態は、同法二条一項一号の商品表示に該当しない。

なお、原告商品に付された原告商品タグは、目立たないものであって需要者が特に気に留めるようなものではなく、原告商品の商品表示性を考えるうえで特に意味はない。

(二)  同2(二)及び(三)の事実は否認する。

仮に、商品の形態それ自体が商品表示になることが肯定されるとしても、そのような商品の形態が周知性を獲得するためには、その商品の形態が非常に独自性の強いものであるということ以外に、さらに、その商品の形態が長年特定の企業の製品として排他的に使用されてきたとか、あるいは短期間であっても、その形態が強力に宣伝されてきたといった事実が必要である。

ところが、原告は、資金力の脆弱な個人であり、せいぜいダイレクトメールを一部学校宛に発送することができる程度の宣伝広告を行うことしかできなかったのである。

また、原告が原告商品の製造を開始したのはさほど昔のことではなく、被告を通じてカタログ販売することによって初めて原告商品が市場に大量に流通するようになったにすぎないのであって、それまで原告商品は全くの無名の商品であった。すなわち、原告商品を需要者に紹介する主要な媒体は、被告が毎年約四万数千部作成し、全国の学校の約九〇パーセントに頒布している被告のカタログだったのであり、そのカタログ中の原告商品の紹介方法も、「ジャブロン」という商品名や製造者である原告の氏名・屋号を用いず、単に被告の取扱商品として写真・性能の記述・商品番号を紹介するにすぎなかったのであるから(原告は、このような紹介方法を容認していた。)、原告商品の需要者は、原告が製造販売する商品として知るよりも前に、むしろ被告の取扱商品として原告商品を認知していたものである。

要するに、原告商品は、被告の取扱商品として、専ら被告の信用と宣伝力によって市場が開拓され販売されてきたものであって、原告という特定の製造業者の商品であるという意味での周知な商品となったのではないから、その形態にも原告の商品表示としての周知性があったわけではない。

3  同3のうち、被告が、平成八年版カタログで被告商品を単価二四〇円で掲載し販売した事実は認め、その余の事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

被告は、何度も大量注文して原告から原告商品を仕入れたことはあっても、ただそれだけであって、被告が原告との間で自動更新されるような継続的売買契約が締結されたことはなく、被告は、原告主張の販売促進義務など負担していたわけではない。

5  同5及び6は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、その争いのない事実に、甲第一ないし第一一号証、第一二号証の一ないし七、第一三号証の一ないし五、第一四号証の一ないし九、第一五号証の一ないし一三、第一六ないし第二〇号証、第二一号証の一ないし五、第二二号証、第二三号証の一、二、第二六号証、乙第一ないし第七号証、第一四号証の一、二、第一五、第一六号証、検乙第二ないし第四号証、原告本人及び被告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告商品は、学校など多数の人間が頻繁に石鹸を使う水道の蛇口に石鹸を常備する際、石鹸の交換・管理を容易にすることを目的として、小学校教諭である原告の兄が考案した蛇口用石鹸袋であり、原告は、兄の勧めで、自ら何度も試作品を改良して兄の考案を商品化し、商品化した最初のころ(昭和六一年)には、原告自身の手仕事で商品も製造していた。

原告商品は、そのナイロンネットの上部開口部の内径は約六・四センチメートル、ナイロンネットの上端から下端までの長さは約一三センチメートルで、ナイロンネットの内部に「ジャブロン PAT.P 古川特許販売」と印刷された縦約一センチメートル、横約ニセンチメートル(縫いしろを含まない。)の長方形の原告商品タグが縫い付けられているというものである。

2  石鹸を投入する袋が開口した形態の石鹸袋というものは、従来市販されておらず、原告商品は、単純なものであるが全く新規の商品であり、その実際の需要というものも図りかねるものであった。そこで、原告は、昭和六一年ころ、試験的に近隣の学校・幼稚園・保育園の保健室担当職員に原告商品のダイレクトメール約二〇〇通を送付したが、予想以上に問い合わせや注文があったため、量産化を図る方が得策であると考え、開口部及びフックの役割を果たすステンレス製の針金の加工を工場に依頼し、針金にナイロンネットを付ける作業を内職に出す等して、本格的に原告商品の製造販売をするようになった。

3  原告は、原告商品の販売方法として、全国約五万五〇〇〇の学校・幼稚園・保育園等が掲載された全国学校総覧という書籍を参考にして、学校等の保健・養護担当職員宛に原告商品の宣伝販売用ダイレクトメールを送って注文を受けるという通信販売を採用し(現在まで変わりはない。)、昭和六一年、六二年ころには、二〇〇〇ないし三〇〇〇通のダイレクトメールを二、三か月ごとに順次発送し、販売利益が大きくなるに連れてダイレクトメールの発送数も増やしていった。

原告は、昭和六二年には、兵庫県の学校等のほか、京都府、奈良県の学校等から、昭和六三年には、さらに、神奈川県、大阪府、和歌山県、長崎県、岡山県、広島県、愛知県、愛媛県、東京都、岐阜県、静岡県、山口県、徳島県、香川県、千葉県、滋賀県、福岡県、埼玉県、鳥取県、山梨県、島根県、高知県の学校等から、原告商品の注文を受けた。そして、原告は、平成元年以降は、全国約五万五〇〇〇の学校等のほぼ全部に毎年一回原告商品の宣伝販売用ダイレクトメールを送り、多くの都道府県の学校等から、原告商品の注文を受けるようになった。原告が、通信販売の方法によって直接原告商品を販売した先は、昭和六一年秋から平成二年九月までの間が約四二〇〇の学校等であり、平成二年九月から平成三年末までの間が約四四〇〇の学校等であった。

4  被告は、医療器具等の製造及び他社製品を含む医療器具等の全国的な卸販売を業とする業界大手の企業であり、商品の販売方法として、被告発行のカタログを頒布して注文を受けた商品を販売するという方法(カタログ販売)をとっているが、小売業務は行っておらず、四四五社ある代理店を通じて毎年四万部以上のカタログを全国の学校や教育委員会等に頒布し、代理店に商品の受注をさせ、代理店に商品を卸している。

被告作成のカタログに掲載される商品は約三〇〇〇品目で、そのうち、被告自身が製造しているものの割合は約一五パーセントほどにすぎないが、製造元を記載する方がメリットがあると判断しない限り、他社製品であってもカタログには製造元の会社名等を記載していない。

5  原告は、昭和六三年夏ころ、被告の従業員から、電話で原告商品を被告のカタログに載せて販売したいとの申出を受け、被告が大口の卸し先になると考えられたので、昭和六四年版の被告作成のカタログに原告商品を掲載して販売することにし、一個一九〇円の単価(原告が直接販売する場合の小売単価は三三〇円であった。)で、被告に卸売りすることにした。

もっとも、原告と被告とは、原告商品の取引について、被告の最低購入数、販売目標数、被告の主要販売地域、取引継続期間、期間更新の条件、カタログ掲載の方法、原告と被告と販売先の分担などを取り決めて卸売り取引を開始したわけではなかった。

原告商品は、被告作成のカタログ中では、商品番号が「日医-13553」の「蛇口用石けん袋」として特定され、原告のダイレクトメールに記載されたのと同じ文章で簡単な商品の特徴を示し、使用例の写真を添付する(原告商品タグは見えない。)という方法で紹介がされているだけで、原告商品の製造元を窺わせる記載は何もない。

原告の被告に対する販売数は請求原因1(二)のとおりであるが、基本的には被告が毎年六月ころ原告から商品の卸値価格の提示を受け、大量に一括購入するという取引形態がとられていた。

6  被告が設定した小売単価は、平成二年度までは、原告商品五個セットで一七〇〇円であったが、平成三年度から二〇〇〇円(一個四〇〇円)に値上げしたため、被告は、平成四年一〇月、埼玉県の大口の代理店から、右代理店の販売先に、原告によって原告商品が安く(一個三三〇円で)直接販売されて困るという苦情が寄せられた。

そのため、被告は、原告に対し、埼玉県内についてだけは原告による通信販売を止めて欲しい旨の要求をしたが、原告がこれを拒絶したため、結局、その後、被告も、原告商品の小売価格を値下げした。

7  原告商品は、昭和六一年三月に「蛇口用石けん袋」として特許出願され、昭和六二年九月には出願公開がされていたが、平成七年の時点でも出願審査の請求がされていなかった。被告は、このことを知ったことから、平成七年一〇月までに、原告商品と類似の被告商品を自ら製造し、小売価格を五個セット一二〇〇円(一個二四〇円)で販売することにし、平成七年一〇月ころ発行の平成八年版カタログには原告商品を掲載せず、そのころ、原告商品の仕入れを中止した。

被告商品は、開口部の内径が約五・八センチメートル、ナイロンネットの上端から下端までの長さが約一四センチメートルであり、原告商品タグなどは付けられていないが、外観上、ほぼ原告商品と同じ大きさで、同じ形態のものであり、被告の平成八年版カタログでは、「蛇口用石けん袋」として、従前の原告商品と同じ文章でその特徴が紹介されていた。

8  平成六年一年間の原告商品の売上個数は約一六万個(売上金額四三四〇万円)であり、したがって、平成六年における原告商品の売上個数のうち約三割が被告を通じての売上であったということになる。なお、平成七年一〇月までに、原告商品と同様の形態の水道蛇口用石鹸袋を製造販売している業者はなく、原告商品に類似する商品が市場に出回っていたことはなかった。

二  以上の事実が認められるところ、被告代表者は、平成五年ないし六年ころには、原告商品と形態が類似した石鹸袋の他社製試作品(被告提出の検乙第一号証)が出回っていたかのように供述する部分があるが、検乙第一号証は、その材質・形状に照らして、全く実用に耐えるような物品ではなく、たとえ試作品としてでもこのようなものが取引業者間に出回るということなど考えられないのであって(被告がどのような経緯で検乙第一号証を入手し、これを裁判所に提出したのかという点は、全く不可解としかいいようがない。)、右供述部分は採用しがたいものというべきであるから、これによって右認定を左右するものとはいえない。

三  原告商品の形態の商品表示性・周知性について

1  前記認定のとおり、被告は、平成七年一〇月ころ以降、わが国では原告しか製造してはいなかった原告商品の類似商品の製造を開始し、そのころ以降、原告商品と同一の市場で被告商品を広く販売していたことが明らかであるが、被告は、被告商品の販売の際、原告の屋号や「ジャブロン」という原告商品の名称を使用するなどしていたわけではないので、結局、本件競業行為が不正競争であるというためには、平成七年一〇月当時、原告商品の形態そのものが商品の出所を表示する役割を果たしており、かつ、そのことが需要者に周知されていたという事実がなければならない。

2  ある特定の用途・性能を目的として量産される商品は、複数の業者がそれぞれ工夫をして考案し製造したとしても、多かれ少なかれ似通った形態の商品になることは避けられず、商品の形態から容易に当該商品の出所を識別することができないおそれが強いのであって、そのことは、商品の供給者も需要者も良く知るところであるから、通常は、商品の製造者は、同業他者の競業品の出現に備え(あるいは商品形態改良後も出所の同一性を示すため)、自己の商品には、特徴のある標章、容器、包装紙、あるいは固有名詞である製造者等の商号・屋号等(以下「標章等」という。)などを付し、標章等によって商品の出所を識別できるようにするのである。

したがって、商品の形態そのものが商品表示に該当するというためには、無印であっても商品の外観から当該商品の出所を識別でき、商品の形態そのものが標章等と同一の機能を果たしていると認められる必要があるというべきである(被告は、技術的に必然な商品形態が一般的に商品表示性を有しないと主張するようであるが、そのような一般論が妥当であるとは言い難い。)。

そうだとすれば、原告商品の形態に商品表示性があるというためには、その形態が、標章等と同様の非常に印象的・特徴的なものであって、長年そのような形態の商品を製造販売しているのがある特定の業者しかないことが需要者の間で周知なものになっているとか、あるいは、製造販売が短期間であっても、その間、大規模な宣伝活動によって当該商品の形態と製造販売者との結びつきが需要者の間で周知なものとなったという事実が存在することが必要となるといわなければならない(したがって、商品の形態の商品表示性が肯定されれば、通常は、周知性も肯定されるということになる。)。

3  そこで、原告商品の形態が右のような意味で商品表示性を獲得していたのかどうかについて検討する。

(一)  原告商品は、類似の形態の商品が従来存在しなかったという意味では新規性の高いものであり、以前に類似品がなかった分、商品の機能を発揮するための製造上の工夫というものは多々あったと思われる。

しかし、商品の形態という観点に絞って観察した場合には、原告商品の形態は、基本的には、世間一般の思いつきで広く使用されていた石鹸袋(ミカン袋などのナイロンネットを水道蛇口付近につり下げたもの)の上部を開口部としただけのかなり単純なものであり、ある特定の業者だけがこれを独占的に製造販売を行っているのが分かるような特異な、あるいは非常に印象的なものとはいえない。すなわち、原告商品の形態は、似たような商品を製造販売をしている業者が他にあっても不思議はないと感じられるありふれた印象を否定できないものであって、商品表示としての標章等と同様の機能を果たすような特徴的なものとはいえない。

(二)  前記認定のとおり、平成元年以降は、原告は毎年一回は原告商品の宣伝販売用ダイレクトメールを全国約五万五〇〇〇の学校等に送っており、平成六年における原告商品の販売実績に照らせば、原告商品は、相当広範囲の学校関係者に浸透していたものと考えて差し支えがない。

しかしながら、平成元年以降平成七年九月まで(平成六年版まで)の間は、原告商品が掲載された被告のカタログも毎年全国の殆どの学校等に送られていたと認められるところ、被告のカタログの原告商品の紹介が前記のとおりのものであったことからすれば、被告のカタログを見た需要者は、原告商品が単に被告の取扱商品であるという認識しか持てないはずである。

そして、被告のカタログを経由しての原告商品の販売実績が原告商品の全販売個数の相当の割合を占めていることからすれば、原告商品のような形態の商品を製造販売しているのが原告という特定業者しかないという意味での商品の形態と製造販売者との結びつきが、需要者の間に浸透していたのかという点は相当に疑問であるといわざるをえない。

(三)  前記認定のとおり、原告商品が広く出回るようになったのは昭和六二年以降であり、原告商品の形態が余り特徴的なものではないことや被告による原告商品の販売方法などからすれば、原告商品のような形態の商品を製造販売しているのが原告という特定業者しかないという認識が、平成七年一〇月当時までに需要者に浸透していたとは考えがたいし、原告商品タグにしてみても、商品名や原告の屋号を需要者に周知するものとはいえても、原告商品のような形態の商品を製造販売しているのが原告という特定業者しかないという意味での商品の形態と製造販売者との結びつきを需要者に浸透させるようなものであるとまで認められない。

(四)  右のとおりであるから、原告商品の形態が、平成七年一〇月の時点で商品表示性を獲得していたとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、不正競争防止法に基づく原告の本件請求は理由がないことになる。

四  被告の債務不履行について

1  製造業者が中間の取扱業者に対し、商品の販売促進義務を負担させ、当該商品の取扱中止や類似商品の並行販売をしてはならないという不作為義務を発生させる継続的供給契約(いわゆる代理店契約などにみられる契約)は、当該商品を取り扱うことの利益がどのようなものであるのか、利益が見込めなくなった場合に契約の拘束力から逃れる条件は何かという点について、当事者の認識が一致している場合に締結されるものであり、通常は、この種の契約においては、〈1〉 中間の取扱業者の販売地域や販売方法、〈2〉 製造業者の商品供給義務、〈3〉 契約期間及びその更新拒絶の条件という以外に、〈4〉 中間の取扱業者の販売先に製造業者が頭越しに直接販売することが許されるのかどうかという点も明確にされているといって差支えがない(そうでない限り、中間の取扱業者の受け得る利益、契約のリスクが分からないことになる。)。

2  ところが、前記認定のとおり、原告商品については、右の〈1〉ないし〈4〉のような事項が何も明確にされないまま原告と被告との取引が開始されており、しかも、原告は、被告の販売先(最終需要者である学校)に対して平然と直接販売をし、被告の求めがあってもこれを止めなかったというのであって、このような取引開始の状況や取引開始後の原告と被告との競業関係の発生からすれば、原告と被告との間には、製造元と仕入業者という通常の取引が事実上続いていたという以上に、被告に対し、原告商品の販売促進義務を負担させ、原告商品の取扱中止や類似商品の並行販売をしてはならないという不作為義務を発生させるような継続的供給契約が存在していたとは到底考えられない。

3  したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告の販売促進義務違反という債務不履行を原因とする原告の本件請求は理由がない。

五  被告の不法行為について

被告の本件競業行為は、何年間も取引をしていた相手方の主力商品の類似品を製造販売するという行為であって、原告に不快感をもたらすことが明らかな、やや無礼とも思われる行為であるが、原告商品が特許権や実用新案権として保護の対象となっていたわけでもなく、類似品の販売が不正競争防止法にも抵触せず、本件競業行為を禁止するような契約関係があったとも認められない以上、法律的には、原告商品の類似品の製造販売という本件競業行為も、自由競争を基礎とするわが国の経済社会にあっては、許された企業活動であるといわなければならない。

そうだとすれば、本件競業行為を許すことが取引経過に照らして当事者間の公平を著しく損なって原告に苛酷な状況をもたらすものであって、わが国の経済社会における最低限の行動原則からも逸脱した企業活動であると考えられる場合あればともかく、そうでないかぎり、本件競業行為が信義則に照らして許されないとすることはできず、本件においては、原告商品の全販売個数に占めていた被告経由の販売個数、原告も被告の頭越しに直接販売して競業行為を行っていたことなどに照らせば、本件競業行為が信義則上の義務に違反する違法行為であるとすることはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の営業上の権利を害さない信義則上の義務違反という不法行為を原因とする原告の本件請求は理由がない。

六  結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 橋詰均 裁判官 鳥飼晃嗣)

(別紙)

物件目録

被告が、被告発行にかかる平成八年度版日医総合カタログ一四一頁に掲載した商品番号日医-一三五五五号の蛇口用石鹸袋で、ナイロンネットの上部開口部に輪状の針金を通し、その針金の一端を曲げてフックとし、水道の蛇口にかけるようにしたもの

以上

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